日本三大奇祭を徹底解説|歴史・見どころ・アクセス

「日本三大奇祭」と聞いて、どの祭りを思い浮かべますか?
実は、三大奇祭に含まれる祭りは情報源によって異なり、定説がありません。
この記事では、日本三大奇祭の意味や諸説から、広く知られるなまはげ柴灯まつり・吉田の火祭り・御柱祭の歴史・見どころ・アクセス情報まで解説します。
他の候補として挙げられる祭りも紹介していますので、ぜひ参考にしてみてください。
日本三大奇祭とは
日本三大奇祭とは、日本各地に伝わる祭りの中でも、長い歴史と独自性の高い儀式を持つ3つの祭りの総称です。
ただし、どの祭りを三大奇祭とするかは、情報源によって異なる点に注意が必要です。
それぞれ説明していきます。
奇祭の意味

まず押さえておきたいのが「奇祭」という言葉の意味です。
奇祭とは、独特かつ珍しい風習や儀式を持つ祭りのことです。
その土地の歴史や信仰に深く根ざしており、一見すると風変わりに映る行事が多いのが特徴です。
否定的な意味合いではなく、地域固有の文化が色濃く反映された貴重な伝統行事として位置づけられています。
日本三大奇祭の諸説

次に確認しておきたいのが「日本三大奇祭には複数の諸説がある」という点です。
現在広く普及している説では、秋田県の「なまはげ柴灯まつり」、山梨県の「吉田の火祭り」、長野県の「御柱祭」の3つが挙げられます。
一方で、静岡県の「大井神社の帯まつり」、山梨県の「富士浅間神社の火祭(吉田の火祭りの別称)」、愛知県の「国府宮の裸祭」を三奇祭とする説もあります。
現在でも岩手県の「黒石寺蘇民祭」や愛知県の「国府宮はだか祭」などを含める説も存在します。
「三大」というくくりは絶対的なものではなく、さまざまな観点から語られてきた呼称である点を覚えておきましょう。
日本三大奇祭になまはげ柴灯祭・吉田の火祭・御柱祭が挙がる理由

現在広く普及している説では、なまはげ柴灯まつり・吉田の火祭り・御柱祭の3つが三大奇祭として挙げられることが多いです。
その理由は、これらの祭りに共通する3つの要素にあります。
- 歴史の深さ
吉田の火祭りは400年以上、なまはげ柴灯まつりは神事の起源から900年以上、御柱祭は1200年以上続くとされています。 - 独自性の高さ
いずれも他の地域では見られない、際立った儀式や風習を持っています。 - 文化財としての評価
なまはげ柴灯まつりと吉田の火祭りは国の重要無形民俗文化財に、御柱祭は長野県の無形民俗文化財に指定されています。
また、なまはげを含む「来訪神:仮面・仮装の神々」は2018年にユネスコ無形文化遺産に登録されています。
日本三大奇祭として広く知られる3つの祭り
日本三大奇祭として広く知られる3つの祭りを紹介します。
それぞれの歴史や見どころを確認していきましょう。
それぞれ説明していきます。
なまはげ柴灯まつり(秋田県)

なまはげ柴灯まつりは、秋田県男鹿市の真山神社で毎年2月に開催される冬の祭りです。
鬼の面をつけたなまはげが炎の中に現れる光景は、見る者を圧倒します。
なまはげは、怠け心を戒め、無病息災や五穀豊穣をもたらす来訪神とされています。
なまはげを含む「来訪神:仮面・仮装の神々」は、2018年にユネスコ無形文化遺産に登録されており、世界的にも注目される伝統行事です。
【見どころ】
まつりのクライマックスは「なまはげ下山・献餅(けんぺい)」です。
松明をかざしたなまはげが雪山の闇の中から現れ、境内を練り歩きます。
柴灯火で焼かれた護摩餅には神力が宿るとされており、なまはげが護摩餅を受け取る様子は見どころのひとつです。
項目 | 内容 |
|---|---|
所在地 | 真山神社 |
開催日 | 毎年2月第2土曜を含む |
入場料 | 事前申込制 |
アクセス | JR男鹿駅・男鹿温泉郷から |
公式サイト |
※料金・開催情報は変更になる場合があります。
訪問前に公式サイトでご確認ください。
歴史
なまはげ柴灯まつりは、1964年(昭和39年)に始まりました。
男鹿温泉郷の冬場の観光振興を目的として企画された「雪まつり」がきっかけです。
当初は北浦湯本の星辻神社で開催されていましたが、来場者が増えたため真山神社へ舞台を移しました。
900年以上の歴史を持つ真山神社の神事「柴灯祭」と、男鹿地方に古くから伝わる民俗行事「なまはげ」を組み合わせた現在の形が定着しています。
1978年には「男鹿のナマハゲ」として国の重要無形民俗文化財に指定されました。
吉田の火祭り(山梨県)

吉田の火祭りは、山梨県富士吉田市にある北口本宮冨士浅間神社と諏訪神社の両社で毎年8月に開催される祭りです。
正式名称は「鎮火祭」といい、富士山の夏山シーズンの終わりを告げる祭りとしても知られています。
町中に高さ約3メートルの大松明が70〜80本以上立ち並び、一斉に点火される光景は圧巻です。
国の重要無形民俗文化財に指定されています。
【見どころ】
最大の見どころは、1日目の夕方から深夜にかけて行われる松明の点火です。
参道約1キロに並んだ大松明に次々と火が灯り、富士山を背景に街全体が炎に包まれます。
2日目の「すすき祭り」では、氏子がすすきの玉串を手に神輿を追って高天原を巡ります。
項目 | 内容 |
|---|---|
所在地 | 北口本宮冨士浅間神社他 |
開催日 | 毎年8月26日・27日 |
入場料 | 無料 |
アクセス | 富士急行線「富士山駅」から |
公式サイト |
※開催情報は変更になる場合があります。
訪問前に公式サイトでご確認ください。
歴史
吉田の火祭りの起源については諸説あります。
元亀3年(1572年)の記録に神輿が通る道のことが書かれており、400年以上前にはすでに祭りが行われていたと考えられています。
もともとは諏訪神社の祭礼として始まったとされており、富士山信仰が広まるにつれ浅間神社も深く関わるようになりました。
2012年(平成24年)3月に国の重要無形民俗文化財に指定されています。
御柱祭(長野県)

御柱祭(おんばしらさい)は、長野県諏訪地方にある諏訪大社(すわたいしゃ)で行われる祭りです。
正式名称を「式年造営御柱大祭」といい、寅と申の年に行われるため、数え年で7年に1度の開催となります。
次回は2028年に開催予定です。
樹齢150年以上のモミの巨木16本を山から引き出し、諏訪大社4社の社殿四隅に建てる一連の神事は、長野県指定無形民俗文化財に指定されています。
【見どころ】
最大の見どころは「木落し」です。
傾斜30度を超える急斜面を、御柱に乗った氏子とともに巨木が一気に滑り降ります。
その迫力から「日本一危ない祭り」とも称されます。
5月の「里曳き」では、御柱が街中を華やかな行列とともに曳かれ、最後に人の力だけで社殿の四隅に建てられます。
項目 | 内容 |
|---|---|
所在地 | 長野県諏訪市中洲宮山1 |
開催日 | 7年に1度、 |
入場料 | 無料(一部有料観覧席あり) |
アクセス | 上社本宮:JR「茅野駅」から |
公式サイト |
※料金・開催情報は変更になる場合があります。
訪問前に公式サイトでご確認ください。
歴史
御柱祭の起源は平安時代以前にさかのぼるとされており、1200年以上の歴史を持つ神事です。
室町時代の文献『諏訪大明神画詞』には、桓武天皇の時代に「寅・申の年に当社造営あり」と記されており、1200年以上の歴史を持つとされています。
ただし、御柱祭がいつから行われているのかは定かではなく、起源はさらに遡るともいわれています。
鎌倉時代の文献にも御柱に関する記録が残されており、戦国時代には武田信玄がより盛大に行ったとも伝えられています。
御柱を建てることの起源や意味については、神域を示すためや神の依代とするためなど10種類以上の説が伝えられており、現在も明確な答えは出ていません。
日本三大奇祭に挙げられるその他の祭り
ここまで紹介した3つの祭り以外にも、日本三大奇祭に挙げられることがある祭りが存在します。
それぞれの特徴と歴史を確認していきましょう。
それぞれ説明していきます。
大井神社の帯まつり(静岡県)

大井神社の帯まつりは、静岡県島田市にある大井神社で3年に1度開催される大祭です。
正式名称は「島田大祭」といいます。
大奴(おおやっこ)が豪華な帯を太刀に掛けて練り歩く独特の行列が特徴です。
静岡県指定無形民俗文化財に指定されています。
【見どころ】
最大の見どころは、最終日に行われる「お渡り」です。
大名行列を先頭に神輿の行列、鹿島おどり、屋台が続き、全長約1キロにも及びます。
なかでも大奴が絢爛な帯を掛けた大太刀を持ちながら独特の所作で進む姿は、他では見られない光景です。
項目 | 内容 |
|---|---|
所在地 | 大井神社 |
開催日 | 3年に1度、寅・巳・申・亥の年の |
入場料 | 無料 |
アクセス | JR「島田」駅から徒歩約15分 |
公式サイト |
※開催情報は変更になる場合があります。
訪問前に公式サイトでご確認ください。
歴史
島田大祭は、1695年(元禄8年)に神事の形式が定まり、はじめて神輿の行列が行われたことに始まります。
江戸時代、島田宿に嫁いできた女性が安産祈願のあとに帯を宿場内で披露する習慣がありました。
やがてその帯を大奴が太刀に掛けて練り歩く形式に変化したことが「帯まつり」の由来とされています。
黒石寺蘇民祭(岩手県)※令和6年で終了

黒石寺蘇民祭(こくせきじそみんさい)は、岩手県奥州市にある寺院・黒石寺で行われていた祭りです。
氷点下の寒夜に下帯姿の男たちが「蘇民袋(そみんぶくろ)」と呼ばれる麻袋を夜明けまで奪い合う、過酷な祭りとして知られていました。
関係者の高齢化と担い手不足を理由に、2023年12月に令和7年以降の開催を行わないことが発表されました。
令和6年(2024年)2月の開催を最後に、1200年以上の歴史に幕を下ろしました。
【見どころ(最終回まで)】
最大の見どころは夜明け前に繰り広げられる「蘇民袋争奪戦」でした。
蘇民袋を最後まで離さなかった者が「取主(とりぬし)」となり、その年の五穀豊穣が約束されるとされていました。
極寒の夜に続く争奪戦の様子は、奇祭の中の奇祭とも評されていました。
歴史
黒石寺蘇民祭の起源については定説がありませんが、寺に残る1773年(安永2年)の記録にその様子が書かれています。
平安時代中期には祭りの原形が成立していたとも考えられており、1200年以上の歴史を持つとされています。
厄よけや五穀豊穣を祈る行事として、地域に根付いてきました。
国府宮はだか祭(愛知県)

国府宮はだか祭は、愛知県稲沢市にある尾張大國霊神社(国府宮)で毎年旧暦1月13日に行われる祭りです。
正式名称は「儺追神事(なおいしんじ)」といいます。
数千人の下帯姿の男たちが、神男(かみおとこ)と呼ばれる特別な役の人に触れようと激しくもみ合う光景が特徴です。
愛知県指定無形民俗文化財に指定されています。
【見どころ】
最大の見どころは「神男」の登場です。
夕刻、祈祷によって選ばれた神男が参道に現れると、厄落としを求める男たちが一斉に押し寄せます。
約60分にわたる激しいもみ合いが繰り広げられ、神男が建物の中に引き込まれるまでがクライマックスです。
項目 | 内容 |
|---|---|
所在地 | 尾張大國霊神社 |
開催日 | 毎年旧暦1月13日 |
入場料 | 無料 |
アクセス | 名鉄本線「国府宮」駅下車、 |
公式サイト |
※開催情報は変更になる場合があります。
訪問前に公式サイトでご確認ください。
歴史
国府宮はだか祭の起源は、767年(神護景雲元年)に始まるとされています。
当時、天皇の命令で全国の国分寺において悪い病気を払う祈祷が行われました。
そのとき尾張の国を治める役人が尾張大國霊神社でも祈祷を行ったことが始まりと伝えられています。
約1250年の歴史を持つ神事です。
その後、この神事に裸で寒中に参拝する風習が結びつき、現在のはだか祭としての形が確立したのは江戸時代末期とされています。
西大寺会陽はだか祭り(岡山県)

西大寺会陽(さいだいじえよう)はだか祭りは、岡山県岡山市にある西大寺観音院で毎年2月第3土曜日の夜に開催される祭りです。
まわし姿の男たちが2本の「宝木(しんぎ)」と呼ばれる木の棒を奪い合う争奪戦で知られており、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
宝木を手に入れた者は「福男」と呼ばれ、その年の福が得られるとされています。
【見どころ】
最大の見どころは、午後10時に御福窓(ごふくまど)から宝木が投下される瞬間です。
すべての明かりが消された暗闇の中、約1万人の男たちが一斉に宝木を奪い合います。
冬花火の打ち上げや少年はだか祭りなど、関連行事も見どころのひとつです。
項目 | 内容 |
|---|---|
所在地 | 西大寺観音院 |
開催日 | 毎年2月第3土曜日 |
入場料 | 有料観覧席あり |
アクセス | JR赤穂線「西大寺」駅から |
公式サイト |
※料金・開催情報は変更になる場合があります。
訪問前に公式サイトでご確認ください。
歴史
西大寺会陽の始まりは、1510年(永正7年)とされています。
当時の住職が、祈祷の最終日に参拝者へ守護札を投げ与えたところ、一斉に奪い合いが起きたことがきっかけです。
当初は着物を着たまま奪い合っていましたが、動きやすくするために次第に裸になっていったとされています。
2016年(平成28年)3月には国の重要無形民俗文化財に指定されました。
まとめ|日本三大奇祭で日本の伝統文化に触れよう

日本三大奇祭とは、なまはげ柴灯まつり・吉田の火祭り・御柱祭の3つを指すことが多い呼称です。
ただし、どの祭りを三大奇祭とするかは情報源によって異なります。
いずれの祭りも、長い歴史と独自の儀式を持つ貴重な伝統行事です。
実際に足を運ぶことで、書物だけでは伝わらない日本の文化や信仰を肌で感じることができます。
ぜひ一度、現地でその迫力を体感してみてください。
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