40代のキャリアブレイク|整体師を経て、18歳で飛び込んだ住み込みの仲居の仕事に、改めて向き合うまで

従来の「若者の思い出作り」や「一時的なつなぎ」というリゾートバイトのイメージは、今や変わりつつある。人生の転換期に一度立ち止まり、自らの生き方やキャリアを再構築するための「キャリアブレイク」として活用する大人が増えているのだ。
現在、千葉県・鴨川温泉エリアの旅館で仲居として働く森田さん(仮名・42歳)も、その一人である。彼女は長年続けた整体師の仕事を退職し、東京ディズニーランドのキャストなどを経て、リゾートバイトでの仲居へと歩みを進めた。一見すると遠回りに思える道筋だが、それは自らの可能性を広げ、納得のいく未来を掴み取るための一歩だった。
18歳、住み込みで飛び込んだ仲居の仕事
高校を卒業した当時、これといってやりたいことがあったわけではなかった。それでも「家を出て違う世界を見てみたい」という思いがあった。まったく知らない土地に飛び込む不安もあったため、何かあってもすぐに帰れる距離で挑戦しようと、森田さんは伊豆半島の旅館に住み込みで働き始めた。これが彼女の社会人生活の最初の一歩となる。
配属先はコース料理を提供するレストラン。しかし当時の森田さんは、コース料理自体を口にしたことすらなかった。
「コース料理を食べた経験がなかったので、お客様の気持ちも、次に何をすべきかも全然わかりませんでした。仕事を覚えられずに怒られては泣いていた記憶があります。3年勤務しましたが、きっと『仕事ができない人』という印象だったと思います」
そんな彼女の心の支えになったのは、共に暮らした年上の女性スタッフたちだ。落ち込んだときは一緒に海を見に行き、「そんなことでくよくよしなくていいよ!」と励ましてくれたという。
次に働いた伊豆下田温泉の旅館では、女将が「卵から雛を育てるように」丁寧に指導してくれた。3ヶ月の予定だった契約は居心地の良さから延長を重ね、気づけば1年半が経過。
西伊豆の戸田(へだ)温泉で出会った5歳上の同僚とは今も親友であり、休日に下田の海へ遊びに行ったことなど、森田さんは今でも「私の中の原点」と振り返る。その後、浜松・舘山寺温泉の旅館でも半年ほど仲居を務めた。
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本気で向き合った、整体師という仕事
体を使う仕事を続けるうち、疲れをほぐすマッサージそのものへの関心が芽生えた。新宿のスクールに通い、東洋医学とアロマトリートメントを学んだ後、船橋のアロマ店で経験を積んだ。そして求人が出ていた成田の整体院で採用が決まり、この仕事に4年にわたって本気で向き合うことになる。
「マッサージ業界での仕事をずっと続けていきたい、これを自分の本業にしたいと考えるようになりました。ただ、ライフスタイルが変化に伴う働き方や福利厚生、体力面などをトータルで考えると、どの会社が適切なのか悩みました。資格を取って独立を勧められることもありましたが、なかなか前に進めずにいたんです」
やがて勤務先は、オーナーの家庭の事情から閉店することになる。「できればそこで長く勤めたかった」という心残りを抱えながらも、この出来事が、森田さんを再びリゾートバイトの世界へと向かわせることになった。
リゾートバイトで重ねた、たくさんの出会いと縁
整体院を離れた森田さんは、30歳を目前に「もう一度どこかへ行ってみたい」という思いに突き動かされる。まず向かったのは伊豆・修善寺の旅館。そこから、以前働いた伊豆から見えた富士山が忘れられず、10歳上の元同僚に誘われる形で富士吉田にある旅館へ移った。
仲居約60人という大規模な旅館で、年配スタッフとの関係づくりに気を遣う一方、同期のリゾートバイト仲間とは非常に仲が良く、伊豆稲取への旅行や体験ダイビングなど私生活でも交流を深めた。
そして、この富士吉田時代の出会いが、後に思いがけない形で今の職場へとつながることになる。
「実は、富士吉田で仲良くなった内田さん(仮名)という先輩がいるのですが、私が今の旅館に来る前、実は内田さんがここで働いていたんです。布団の畳み方からチェックインの仕方まで、内田さんが教えてくれた研修動画が全部残っていて。私が仲居の仕事を教わった先輩も、実は内田さんに教わっていたことが分かりました。私の『師匠の師匠』が内田さんだったという、不思議なご縁がある旅館なんです」
富士吉田の後は、伊豆の旅館で通算1年半ほど仲居を続けた。
その後、母の転居を機に浦安へ。浦安は森田さん自身の出生地でもあり、幼い頃からの憧れだったテーマパークのキャストとしての仕事を約3年間経験した。
配属先のランチ営業終了に伴い退職を決意すると、次の一歩として温泉旅館でのフロント業務に挑戦。
しかし、直後に緊急事態宣言が重なり、短期間で終わりを迎えることとなった。コロナ禍の時期は、地元のスーパーで働きながら次の一歩を探る時間を過ごした。
巡った先でたどり着いた、心から働きやすい旅館
コロナが落ち着いた頃、森田さんは千葉への愛着から、鴨川温泉エリアの旅館で仲居として働き始める。宿泊客の多くが記念日や特別な節目で訪れる個人・夫婦客であることも、居心地の良さを感じる理由の一つだ。日々の仕事の中で、印象に残る出会いも少なくない。
「脳梗塞から回復してリハビリを頑張り、娘さん夫婦に連れてきてもらった方や、出産前最後の旅行として来てくれたご夫婦もいて。皆さんの人生の1ページに立ち会える仕事だなと感じています」
そう語る森田さんだが、かつては「マッサージこそが本業」と思い、そこに戻れない自分にどこか焦りを感じ続けてもいた。しかし今は、その執着が和らいでいることに気づいている。
「以前よりは、マッサージ業界にこだわらなくてもいいかなと思っています。お客様との出会いの中で、仲居という仕事へのやりがいとご縁を感じているからです」
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改めて、仲居という仕事に向き合う
18歳のとき、何もわからずに怒られ、泣いていた自分。最近、未経験で入ってきた新人スタッフを見ては、当時の自分を重ねることがあるという。怒られた経験も、遠回りしてきた時間も、すべてが現在の自分の糧になっている。
数ヶ月単位で移動しながら働くスタイルについて尋ねると、森田さんは迷いのない答えを返してくれた。
「その人の人生が輝けば、それでいいと思っています」
最後に、キャリアブレイクという選択に迷う人へ向けて、森田さんはこう語ってくれた。一度立ち止まってマッサージ業に本気で向き合い、そして再び仲居の仕事へと戻ってきた、自身の歩みを重ね合わせた言葉だ。
「本当に、興味があれば飛び込んでみてほしいです。旅行に行くよりも、実際にその土地に住んでみた方が、地元の人しか知らないお店に出会えたりと、多くのものを得られます。宿泊費も光熱費もかからず経済的なハードルも低いので、興味があれば、一度今の場所から離れてみるのも良いのではないでしょうか」
18歳で飛び込んだ最初の職場から、42歳の今日までの道のりは、決して一本道ではなかった。それでも、そのひとつひとつの経験が、今の森田さんを確かに支えている。
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